(本記事は2021/03/12に書かれた日記を一部改変したものです)
消防設備点検があるというので、久々に部屋の片付けでもしてみるかという殊勝な考えを起こした。
しかし、半年に渡ってコツコツと散らかされてきた私の部屋が、たかが2、3日の悪あがきで劇的に綺麗になるわけもなく、日々の積み重ねの力を噛み締めつつ、なんとか人に見せても恥ずかしくない程度の仕上がりを迎えた。
点検当日、先端にカップをつけた細長い棒の装置とともに点検の業者がやってきた。
「点検は、どこを見られますか?」
部屋へと案内しながら私が尋ねる。
「リビングの天井と、あと押入れの中ですね」
「え、押入れの中ですか」
私は少しだけ顔を曇らせる。
しかし、これはフェイク
私の困り顔はただの演技だ。
押入れに火災報知器があることは確認済み。
"片付けと言いつつ、押入れの中に詰め込んだだけ"
と見せかけて、実は押入れの中もバッチリ片付けをしておいたのだ。むしろ、押入れの中を綺麗にするために、リビングのクオリティを少し落としたと言っても過言ではない。
『あ、さては押入れの中汚いんだな』
と思わせ、実は綺麗な押入れの中を見せることで
『え、この綺麗さで困った顔をしたってことは、普段はもっと綺麗にしてるんだろうな』
と錯覚させる。
これにより、押入れの中だけでなく部屋全体に対する期待値を底上げすることが出来るわけだ。
我ながら完璧な作戦に、こみ上げてくる笑いを抑えつつ、顔にわずかな影を落とすことを怠らないよう努めていた私に作業員が話しかける。
「あ、じゃあ押入れの中はいいです」
「え?」
「え?」
「え、そんな、だって、え、いいんですか?」
「はい、まあ今回はいいです」
いいわけないだろう。
100歩譲って、点検はしなくていいから、押入れの中だけでも見ていってくれ。
作業員はマスクをしていたが、その下でかすかに笑っているようだった。
『男の一人暮らしですもんね。リビングの様子で大体わかりますよ。私もこの仕事長いので笑』
みたいな考えが透けて見える。
いや違う、本当は綺麗なんだ。
リビングなんかより、押入れで寝たいくらいには綺麗にしてある。
こうなればダメ押ししかない。
「え、でも火災報知器、大丈夫ですかね」
「まあ、たぶん大丈夫だと思いますよ。ちゃんと動くと思います」
何を根拠に言ってるんだ。
押入れの中の様子も正しく想像できない奴が、火災報知器の状態なんて分かるわけないだろ。
しかし、私の必死の誘導も虚しく、結局リビングの火災報知器だけを確認して作業員は帰ってしまった。
似合わないことをした私への、神様からの罰であったのだろうか。
少しだけスペースの空いた押入れは何だか寂しそうに見えた。
コンビニの袋を大量に入れたコンビニの袋をそのスペースにそっと押し込み、自分らしく生きていこうと思った。