2021年10月30日、Amazonの出しているタブレットFire HD 8を購入しました。元々興味があったところにタイムセールの3000円OFFが背中を押した形です。その他、タブレット用のペンやmicroSD、保護フィルムなど諸々を買い足したところ2万円くらいになったのですが、iPadなどと比べると破格の安さです。
私はタブレットで絵を描いてみたかったのです。
元々絵を描いたりしていた訳ではないのですが、YouTubeなどでお絵描きタイムラプスを見るのが好きだったということもあり、漠然とした憧れがありました。自分も描いてみたいと思うのは必然だったと言えるでしょう。
そんなわけで安めのタブレットを購入して、何はともあれ描いてみようと思ったのです。飽きれば趣味の読書にでも使おうと考えていました。
その三ヵ月後。洗面台で顔を洗っていた私は、鏡を見て愕然とします。
頭の左側、握り拳程度の広さで、髪の毛がごっそり抜けていたのです。
時は遡って2021年11月1日。念願のタブレットを手にした私は、さっそくお絵描きの準備を始めました。
必要なアプリをインストールし、一緒に購入したペンのセットアップを行いました。この段階で、ペンの反応がめちゃくちゃに悪いことに気がついたのですが、「弘法筆を選ばず」を捻くれて解釈していた私は、絵が描けないのを道具のせいにするのは恥ずかしいことだと思い込んでいたため、特に問題視はしていませんでした。
さて、準備は整いましたが、いざ描くとなると題材を何にしようかと迷います。
私は初めて買ってもらったゲームがポケモンだったということもあり、ポケモンの模写をしてみようと決めました。
模写の対象としたのは、下記の「ポケモンずかん」のページです。
この図鑑のNo.0001から1匹ずつ描いてみようと思ったのです。
ポケモンを描くにあたって私の決めたルールは次の通りでした。
- トレースはしない(あくまで模写)
- 色のスポイトもしない
- 毎日少しだけでも描く
また、モチベーション維持のために、描いたポケモンはInstagramのストーリーズにあげることにしました。この段階では、1日1匹が目標でした。
最初に描いたのは図鑑No.0001のフシギダネです。
初めてにしてはよく描けていると思いますが、まだレイヤーの使い分けも出来ていませんでした。
相変わらずレイヤー分けは特に行っておらず、とりあえずはペンに慣れようと思って描いていました。
しかしここで、思わぬことに気がつきます。絵を描くのには予想以上に時間がかかるのです。
プロの方々がすらすらと絵を仕上げる様をタイムラプスで見ていたため、ポケモン1匹描くのに1時間もかからないだろうとたかをくくっていました。しかし、素人の私が「ラフ」→「線画」→「色」と絵を仕上げていくためには、それはもう果てしない時間がかかってしまうのです。実際フシギバナを描いた時には3時間以上の時間がかかっていました。
1日1匹を目標としていましたが、普通に会社員として働いている私にとって、毎日3時間以上の時間をかけることは難しいものでした。そこで、ラフ、線画、色、それぞれで1日として、3日で1匹を描きあげるペースに変更することにしました。
この段階で、YouTubeなどでお絵描き入門の動画を見ながら、レイヤーを分ける方法を学びました。ヒトカゲはレイヤーの使い分けに意識がいっていて、デッサンが微妙ですが、その後は割と安定しています。
レイヤー分けを含めたアプリの操作に慣れてきて、真っ白な背景を寂しいと感じ始めた頃です。
ここまで続けてきて、高校卒業以来連絡を取っていなかった友人からInstagramを通して絵の反応をもらうようになっていました。
いよいよちゃんと背景を描くようになってきました。キャタピーはアニメ「ポケットモンスター」でサトシが最初に捕まえたポケモンということもあって、私の中でも思い入れ深いポケモンです。アニメのキャタピーが月を見上げていた記憶があったので、それをイメージして背景を描きました。この頃から、模写するポケモンに対して違和感のない背景を描くことにハマっていました。
この時は、ポケモンを如何にして背景に馴染ませるかを追求していました。コクーンあたりから、周りの風景からの反射を意識したカラーリングを行い、スピアーでは羽を透けさせることで、背景から浮かないようにしています。
ここでは、奥行きを感じさせる背景に挑戦しています。「ハリボテ」という言葉はネガティブな意味で使われることが多いですが、私は好意的な印象を持っていて、本当は中身がないのに、そこに奥行き、広がりを持った世界を感じさせる技術は素晴らしく価値のあるものだと思っています。これを描いていたときも、絵の中に広がりを感じさせることはできないかと考えていました。
この頃には、友人たちから多くの反応をもらうようになっていました。それは大変嬉しいものだったのですが、同時にプレッシャーでもありました。私は「昨日よりも上手な絵を描かなければ」と思うようになり、睡眠時間を削って絵を描いていました。
次はコラッタ、ラッタです。
ここでは、光の表現でどんなことを伝えられるかを考えていました。コラッタの場合は、日陰の寒いところから日向に出たときの温かさを表現したかったのですが、あまり上手くはいきませんでした。ラッタでは、水たまりに映った光に挑戦していますが、思ったようには描けていません。
ここでも引き続き、光の表現に挑戦していました。オニスズメはトランセルのときのリメイクであり、光にメリハリをつけています。また、オニドリルでは夜景にトライしています。
これまでよりも難しいことに挑戦すれば、当然、すぐには上手くいかないものですが、一度絵を褒められてしまった私は、自分の納得いっていない絵を公にすることを躊躇うようになっていました。
コラッタから始めた光の表現に関する試行錯誤も、今思えば何も恥じることはないのですが、当時の私は人に見せるレベルに達していないと感じていました。
次はアーボ、アーボックです。
このときは、初代ポケモンの水彩チックな塗りに挑戦しようとしていました。これまでのようなくっきりとしたハイライトはやめて、色を塗るブラシも変えています。
しかし、やはりこういった新しい挑戦は、私にとって非常にプレッシャーとなっていました。目だけは肥えてしまっていたので、自分の絵の悪い部分は分かるのですが、どう直したら良いのか分からず、何度も描き直すうちに午前4時を回るようになっていました。
そして冒頭の話に戻ります。
ある朝鏡を見てみると、髪の毛がごっそり抜けていたのです。
病院での診断結果は円形脱毛症でした。
正直なところ原因の特定は難しいのですが、私個人としては、お絵描きで睡眠時間を大幅に削っていたことが一因なのではないかと考えています。
脱毛に気が付いたのは、奇しくも、No.0025のピカチュウを描いていたときでした。
今回の試みで学んだことは多くあります。まず、何かを作り、そしてそれを人に見せるというのは想像以上に神経をすり減らす行為だということです。一度褒められてしまうとなおさらです。また、いつの間にか目的が変わっていたことにも当時の自分は気が付きませんでした。初めの頃は純粋に楽しんで描いていたはずなのですが、途中から周囲の反応を気にするようになっていたのです。こういった話はよく聞くものではありますが、実際に体験してみると非常に恐ろしいものでした。徐々に視野が狭くなり、目的の変化に気づかず、誰も責めはしないのに、謎のプレッシャーを感じるようになるのです。世の絵師さん達も同じような悩みを抱えているのか、それとも私の性格の問題なのかは分かりませんが、クリエイターと呼ばれる方々への私の見方は大きく変わったように思います。
彼らの営みはロウソクに灯る火のようなものです。それは、身を削りながら辺りを明るく照らしますが、その炎は、絶えず周囲の反応で揺れ動いており、誰かの何気ない一言がその灯を消してしまうこともあります。
友人たちの声援に気を大きくした私は、身の丈以上の炎を舞い上がらせようとして、結果的に多くの蝋を溶かし、最終的には燭台から転げ落ちてしまいました。
ポケモンの模写をやめてしばらくすると、髪は何事もなかったかのように生えてきました。それがプレッシャーから解放されたおかげなのか、睡眠時間を元に戻したおかげなのか、はたまた、単に病院でもらった薬のおかげなのか、今となってはもう分かりません。
最後になりますが、私は今でもポケモンと絵が大好きです。
この気持ちが変わらなくて本当に良かったと思っています。
そして次に絵を描くときは、最後まで楽しんで描けると信じています。
あのとき溶けた蝋が、今では私の足元を支えてくれている気がするので。