最近は、機械翻訳は言うまでもなく高精度ですし、ChatGPTも頼りになりますが、英語のプレゼンの初稿は、自分の力で書いた方が良いです。
これは、「その方が勉強になる」とかじゃなくて、AIが出してくるほぼ完璧な原稿は、十中八九スラスラ読めないです。
自作の初稿を修正していく方が長い目で見れば楽です。
この方法で初稿を用意すると、当然ながら、自分の使いがちな言い回しだらけの原稿になってしまうのですが、自分の頭から捻り出した文章なので、緊張してても咄嗟に出てきてくれる可能性が高いという点で優れています。
文章自体のカッコよさは後回しにして、まずは澱みなく言いたいことを伝えられる原稿を目指した方が、自分も聴衆もハッピーだと思います。
そういった意味では、ちゃんと意図した意味になっているかの確認に一番時間をかけるべきです。AIをふんだんに活用して誤解を取り除きましょう。
ここまで終わって、それでもまだ学会まで時間があれば、原稿中のイマイチな表現を1つ選んで、アカデミックでカッコいい文に置き換えて、口が慣れるまで練習してみましょう。
本番で忘れてしまっても大丈夫です。そのときは、最初に書いたイマイチな表現をきっと思い出します。
時間に余裕があるのであれば、最初っからAIの生成した原稿を頑張って覚えても良いと思いますし、その方が英語力も上がりそうな気はするのですが、院生含め多くの研究者はたいてい何かの締切に追われているのでそんな余裕はないのではないかと思います。
という訳で、以上で言いたいことは言ったので、下記により詳細な我流のプレゼン準備方法を書きたいと思います。
同じく英語がよわよわな方の助けになれば幸いです。
自力で初稿を用意する
まずは本やAIを極力頼らずに初稿を用意しましょう。
「いやいやそんなん無理、1文も出てこない」という人もいると思います。
気持ちは大変良く分かりますし、何も思いつかない以上、何かしらの書籍やサービスをあたる必要があるのは当然です。知らないもんは知らないのです。
しかし、ここでやって欲しいのは、「自分がその文章を英語で言おうとしたときに、最初に頭に思い浮かぶものは何かを知る」ということです。
例を出してみましょう。例えば
「この項は十分小さいので無視すると、この線型方程式を得ます」
という物理系ではありがちな状況を考えます。
これを英訳しようとした時に、最初に頭に思い浮かぶものは何でしょうか?
私の場合は、まず"When we"や"When I"が出てきます。これは、私がこの表現を常用しているからです。「学部生の頃に〜」や「学会に参加したときに〜」など日常会話からアカデミックよりの会話まで、幅広く使える便利なフレーズです。
そのため、先程の例文を見た時に、とっさに「この項を無視したときに〜」と言いたくなってしまう訳です。
人によっては、"ignore"や"this term"などの単語が出てきた方もいると思います。
初稿を作る際は、この最初に想起された単語を元に作文した方が良いです。
何故なら、本番でも最初に思いつくのはそれらの単語の可能性が高いからです。
想起した単語を念頭において、辞書やAIを使って作文すると良いと思います。
できることなら文頭に持ってきたいですね。
この2つなら、例えば
- (By) Ignoring this term, since it is small, we can obtain this linear equation.
- This term is small enough, therefore, we can ignore it and obtain this linear equation.
みたいになると思います。
これらは正直全然良い訳ではないのですが、最初に想起された単語を先頭に持ってきているので、覚えやすいと思います。
初稿を修正する
いくら覚えやすくても、相手に意図したことが伝わらなければ意味がありません。念入りに修正して誤解を生まないようにしましょう。
以前は、「作文した英文を機械翻訳で日本語にしたときに、意図した文章になっているか」という確認作業をGoogle翻訳やDeepL翻訳で繰り返し行ったりしていた訳ですが、最近ではChatGPTのおかげで更に楽になりました。
下記のようなプロンプトが役立つと思います。
下記の文章は、国際学会で使用する私の発表原稿(日本語とその英訳)です。下記の点に注意して英文を添削してください。
- オリジナルの日本語原稿と同一の内容になっているかを確認してください
- 私は英語が母国語ではないため、添削の際に極端に難しい英単語は用いず、シンプルな表現を心がけてください
- アカデミックでフォーマルな文体にしてください
- 大きく修正されると原稿を覚えるのが大変になるため、上記を満たす限りにおいて、可能な限り元の文章を維持してください
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{ここに原稿(日本語とその英訳)}
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適宜修正して使うと良いでしょう。「こっちのプロンプトの方が良かったよ」などの発見があれば教えていただけますと幸いです。
発表練習をする
発表練習をしてください。絶対に*1。
まずは発音の確認をした方が良いでしょう。最近は無料の英文読み上げサービスもたくさんあるので、自分の使いやすいものを選んで、原稿を見ながら2, 3回聞いてみましょう。最初に全然違う発音で練習してしまうと、後から修正するのが大変です。
その後、今度は自分で何回か読んでみます。このとき、発表スライドを見ながら練習した方が効率が良いです。
何回か練習するとなかなかスッと出てこない自分の苦手な文章が分かってきます。時間があれば気合と根性で練習して覚えてしまっても良いのですが、その前に下記を検討してみてください。
- 言いやすい文章に変える(最初に言いたくなる単語を文頭に持ってくるなど)
- スライドの中に、思い出すのに役立ちそうな単語、絵を入れておく
発表練習に使える時間は意外と短いです。15分の発表であれば、1時間に4回しか通しの練習ができません。スキマ時間を如何に有効活用するかが肝となってきます。ある程度覚えたら、頭の中でスライドをイメージしながら、お風呂場や大学までの道のりなどで練習すると良いと思います。
少しだけ背伸びをする
ある程度スラスラ発表できるようになって、それでもなお学会まで時間に余裕があったら、ちょっとだけ原稿に手を加えて背伸びをしてみるのも良いでしょう。
まずは原稿の中から自分でもイマイチだと思う文を1つ選んできて、参考書やAIを頼りながらアカデミックでカッコいい文章に置き換えて練習してみましょう。
すでにスラスラ発表できる用意はできているのです。1文くらい余裕でしょう。
これを時間の許す限り行います。
2文でも1文でも良いのです。本番で結局言えずに、元の文章を言ってしまっても大丈夫です。聴衆はそんな我々のチャレンジなんて知らないのですから。
ただ、このうち、本番でも無事使うことのできたカッコいい文章は、次回の原稿を書く際に、最初に想起される文章の一員となっているはずです。
こうして使える表現を増やして行くと良いと思います。
最後に
偉そうなことを書きましたが、私もまだまだ手探りの状態です。便利なものはどんどん利用しつつ、自分のスキルも磨いていかなければと感じています。
一方で、英語にかける膨大な時間と労力をもったいないと感じる部分もあります。
最近、英語を母国語としない科学者が、研究活動においてどれだけ不利かを定量的に示す論文が出ました*2。
例によってこれも英語で書かれている訳ですが、日本語の紹介記事もいくつかあるので、見てみると良いかもしれません*3。
こういった話が、定量的に、そしてアカデミックに議論されているのは大変ありがたいです。
科学者を目指す人間で、こんなことを言おうもんなら、バカにされるような風潮が長らくあったように感じています。
昨今のAIの発達で、こうした言語の壁が取り払われると良いですね。
私がここに記したTipsがいつの日か旧時代の遺物となることを切に願います。
*1:私は、私よりも遥かに優秀で賢い同じ日本人の方々が、国際学会の場でちゃんと発表できずに、聴衆にもほとんど聞いてもらえていない場面を何度も見ています。中にはあからさまに英語を笑う人もいますし、私も笑われたことがあります。そういうのを見る度に、悔しさというかやるせなさというか、色々と込み上げてくるものがあります。
*2:The manifold costs of being a non-native English speaker in science